第4話 斜陽不動産の副社長
かくして僕は、斜陽不動産に就職することに決まった。この時勢、奇跡みたいな就職だ。
同じく就職浪人中の僕の大学時代の友人は、もう既に正社員での就職を諦めたと言っていた。
「芸は身を助ける」というが、僕にとっては宅建こそがまさにその「芸」になる訳だ。
斜陽不動産での面談で、社長からは「明日からでも来てくれて構わない」と言われた。
僕としても、この先の予定など何も無いわけで、早速翌日から働くことになった。
宅建の合格証書のコピーと、身分証明書のコピーを副社長に提出するように言われた。
宅建主任者の登録の手続きに必要なのだそうだ。副社長というのは、あの中年の女性だろう。
そういえば、結局面談が終わるまで、若い女性の事務員さんは店に帰ってこなかった。
彼女は、年はおそらく30代前半で、控えめな表現を使えば、端正な顔立ちをしている。
まあ、なんというか、念には念をという意味で、独身かどうかだけは知っておきたいところだ。
翌朝の、入社初日。本来ここは緊張の場面なのだろうが、不思議とそうでもない。
あの職場からは、緊張感が感じられなかった。おそらく、それが原因だろう。
10時から営業のところ、9時半に店に着いた。案の定、まだ誰も来ておらず、店に入れない。
仕方なく、ふらふらと店の裏手に回ってみると、店の勝手口の横に郵便受けがあった。
元々は赤かったと思われるその郵便受けには、新聞紙が詰め込まれていた。
暇だから新聞でも読もうと思い、郵便受けから取り出す瞬間、中に光るものを発見した。
よく見るとそれは鍵で、キーホルダーの類は一切ついていなかった。嫌な予感がする。
「嘘だろ…。」
案の定、鍵は勝手口のドアの穴に、ぴったりと一致した。
「マジかよ…。」
そのままドアを開けて、店の中に入る。今日から、僕もここの従業員だ。悪いことではない。
外はシャッターが閉まっているため、室内は暗い。まず電気をつけて、奥の入口の方へと進む。
持っていた新聞をソファに放り投げ、まずはそのシャッターを上げようと思いたつ。
内側からカギのかかったガラスの引き戸をまず開け、外のシャッターを上にあげた。
僕は店の中に戻ると、右手の巨大な地図に近寄って、それをよく観察してみた。
赤や青の色が塗られているのは、用途地域を意味しているのだと分かった。
すると小さく書きこまれている数字は、おそらくその土地の建蔽率と容積率だろう。
なるほど。世の中には、こんな地図もあるんだな、と感心してしまった。
つづいて、社長のデスクの後ろのトロフィーに近寄って、何のトロフィーなのかを確認した。
トロフィーにつけられた小さいプレートには、「ボウリング大会優勝」と書いてあった。
他にも計7つのトロフィーが置いてあるが、その全てが、ボウリング大会のトロフィーだ。
どうやら社長の趣味はボウリングのようだ。しかも、かなりの腕前だということだろう。
棚のトロフィーを見ている時、後ろの店の外から、自転車のブレーキの音が聞こえた。
振り返って見ると、昨日の若い事務員さんが店の外で自転車から降りるところだった。
彼女は僕に気付くと、今は開いているガラスの引き戸から、店の中に入ってきた。
「おはよう。もう、お店の鍵もらったの?」
「いいえ。裏の勝手口の郵便受けに入ってたんで、勝手に開けて入りました。」
「あらそう。もう見つかっちゃったんだ。」
「あれ、やっぱり隠してるつもりだったんですね。」
そんなやり取りの後、彼女は思い出したように「宅建の合格証書の写し持って来た?」と訊いた。
「はい。持ってきました。昨日社長から、副社長に渡すように言われましたので。」
「じゃあ、午前中には持っていくから、貸して。」
「はあ、副社長には渡さなくて良いんですか?」
彼女はここで、一瞬止まった。そして、僕の前で初めて笑顔を見せると、こう言った。
「昨日、社長から聞いてないのね。私よ、副社長は。」
同じく就職浪人中の僕の大学時代の友人は、もう既に正社員での就職を諦めたと言っていた。
「芸は身を助ける」というが、僕にとっては宅建こそがまさにその「芸」になる訳だ。
斜陽不動産での面談で、社長からは「明日からでも来てくれて構わない」と言われた。
僕としても、この先の予定など何も無いわけで、早速翌日から働くことになった。
宅建の合格証書のコピーと、身分証明書のコピーを副社長に提出するように言われた。
宅建主任者の登録の手続きに必要なのだそうだ。副社長というのは、あの中年の女性だろう。
そういえば、結局面談が終わるまで、若い女性の事務員さんは店に帰ってこなかった。
彼女は、年はおそらく30代前半で、控えめな表現を使えば、端正な顔立ちをしている。
まあ、なんというか、念には念をという意味で、独身かどうかだけは知っておきたいところだ。
翌朝の、入社初日。本来ここは緊張の場面なのだろうが、不思議とそうでもない。
あの職場からは、緊張感が感じられなかった。おそらく、それが原因だろう。
10時から営業のところ、9時半に店に着いた。案の定、まだ誰も来ておらず、店に入れない。
仕方なく、ふらふらと店の裏手に回ってみると、店の勝手口の横に郵便受けがあった。
元々は赤かったと思われるその郵便受けには、新聞紙が詰め込まれていた。
暇だから新聞でも読もうと思い、郵便受けから取り出す瞬間、中に光るものを発見した。
よく見るとそれは鍵で、キーホルダーの類は一切ついていなかった。嫌な予感がする。
「嘘だろ…。」
案の定、鍵は勝手口のドアの穴に、ぴったりと一致した。
「マジかよ…。」
そのままドアを開けて、店の中に入る。今日から、僕もここの従業員だ。悪いことではない。
外はシャッターが閉まっているため、室内は暗い。まず電気をつけて、奥の入口の方へと進む。
持っていた新聞をソファに放り投げ、まずはそのシャッターを上げようと思いたつ。
内側からカギのかかったガラスの引き戸をまず開け、外のシャッターを上にあげた。
僕は店の中に戻ると、右手の巨大な地図に近寄って、それをよく観察してみた。
赤や青の色が塗られているのは、用途地域を意味しているのだと分かった。
すると小さく書きこまれている数字は、おそらくその土地の建蔽率と容積率だろう。
なるほど。世の中には、こんな地図もあるんだな、と感心してしまった。
つづいて、社長のデスクの後ろのトロフィーに近寄って、何のトロフィーなのかを確認した。
トロフィーにつけられた小さいプレートには、「ボウリング大会優勝」と書いてあった。
他にも計7つのトロフィーが置いてあるが、その全てが、ボウリング大会のトロフィーだ。
どうやら社長の趣味はボウリングのようだ。しかも、かなりの腕前だということだろう。
棚のトロフィーを見ている時、後ろの店の外から、自転車のブレーキの音が聞こえた。
振り返って見ると、昨日の若い事務員さんが店の外で自転車から降りるところだった。
彼女は僕に気付くと、今は開いているガラスの引き戸から、店の中に入ってきた。
「おはよう。もう、お店の鍵もらったの?」
「いいえ。裏の勝手口の郵便受けに入ってたんで、勝手に開けて入りました。」
「あらそう。もう見つかっちゃったんだ。」
「あれ、やっぱり隠してるつもりだったんですね。」
そんなやり取りの後、彼女は思い出したように「宅建の合格証書の写し持って来た?」と訊いた。
「はい。持ってきました。昨日社長から、副社長に渡すように言われましたので。」
「じゃあ、午前中には持っていくから、貸して。」
「はあ、副社長には渡さなくて良いんですか?」
彼女はここで、一瞬止まった。そして、僕の前で初めて笑顔を見せると、こう言った。
「昨日、社長から聞いてないのね。私よ、副社長は。」